おすすめの観光ルート

松代町散歩 駅からぶらりコース

1. 旧松代駅

  • 大正11年(1922)開業当時の建物を残すかわいい駅舎。
    長野電鉄屋代線が廃線となったが、駅舎は残った。

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2. 松代藩文武学校

  • 国指定史跡旧文武学校
    概要
     松代藩・八代藩主の真田幸貫は、文武の奨励を目的として、嘉永四年(1851)に松代藩の藩校である文武学校の建設準備にとりかかりました。九代藩主・幸教は、幸貫の遺志をついで学校建設に着手します。
     建物は嘉永六年(1853)に完成しました。しかし、藩主の居宅である花の丸御殿の火事などにより、開校は安政二年(1855)まで...

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3. 旧樋口家住宅

  • ●樋口家の歴史
     旧樋口家は江戸時代、松代藩10万石を治めた真田家の家臣として、藩の目付役などを務め、江戸時代末期は禄高が、230石でした。
     樋口家歴代の墓所は長国寺にあり、その歴史は、樋口家文言『樋口家譜略伝』(明治14年)によると、甲斐武田家の家臣であったと伝えられ、家紋は三つ鱗紋を用いていました。
     樋口家が当初に住んでいた場所は不...

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4. 真田邸(新御殿)

  • 江戸時代末期(元治元年=1864年)に、松代藩9代藩主 真田幸教が当初 義母お貞の方(貞松院)の住居として建築し、やがて隠居した幸教の住居となり、明治以降は、真田家の私宅となりました。昭和41年(1966年)には真田家伝来の宝物とともに、長野市に譲渡され、今に至ります。
     敷地内には主屋(御殿)と表門、7棟の土蔵などの附属施設に加え、庭園が一体の...

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5. 旧横田家住宅

  •  旧松代藩士横田家は、禄高150石の中級武士で郡奉行などを努めた家である。最後の甚五左衛門は表御用人であった。
     この住宅は他の藩士宅と同様、一種の公舎で、横田家が現在地に移った時期は18世紀末である。
     主屋は、寛政6年(1794年)表門は天保13年(1842年)に建てられた。隠居屋は、文政3年(1820年)頃移築されたものと推定される。
     屋敷地は、間口...

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6. まち歩きセンター

  • まち歩きを通じて松代を楽しみたい方々の情報センターとして、また、地元の人々との交流センターとして、活用されている施設。松代案内の本などもある。

    休み/年末年始。(問合せ026-285-0070)

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7. 旧松代藩鐘楼

  •  旧松代藩鐘楼(しょうろう)は真田信之が松代に入封(にゅうほう)直後に建てられたとされ、当初は火の見櫓(やぐら)の役割を兼ねていた。
    昼夜の区別なく一刻(いっとき)(二時間)ごとに時刻を知らせたほか、城下で出火があった際にも鐘を撞いて非常を知らせていた。
     その後三度の火災に見舞われ、現在の鐘楼は享和元年(1801)の再建にあたり、鐘楼...

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8. 矢沢家の表門

  • 矢沢家は松代藩において、代々無役(むやく)席(筆頭家老格)を務め、江戸中期以後は石高1400石、預同心40人の藩中最高の家格であった。
    寛政4年(1792)に再建されたこの長屋門は、間口13.19メートル、奥行3.72メートル、高さ6.83メートルで、屋根は入母屋造の瓦葺である。門の両側に武者窓を備えた同心部屋を配し、右の同心部屋の陣には「供待(ともまち)」とい...

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